フィンテックベンチャーの裏側で

一方、フィンテックベンチャーの裏側で、規制に縛られた銀行業務を受託して行う既存銀行も出てきた。 
例えばニュージャージーのクロスリバー銀行は、もともとは地元の超正統派ユダヤ教徒コミュニティのために作られた銀行(※4)だ。それが、シリコンバレーベンチャーキャピタルから2800万ドルを調達(※5)して、いまやフィンテックベンチャーの裏で、ローン貸し出しなどの規制業務を提供する「金融卸」が主たる事業となっている。
近年のフィンテックベンチャーの王道の勝ちパターンは、①バックエンド業務をITで自動化して低コストを実現し、競合優位性を確保したビジネスを開始、②顧客側のフロントエンドにはシンプルで使いやすいアプリケーションを提供してユーザーを拡大、③大量の顧客から得たデータでターゲティング精度を向上させ、さらに事業拡大する、というものだ。
そしてビジネスが③の拡大期に入ると、1000億円単位で資金提供する投資家がロシア、日本、中近東など世界からやってくる。この規模で事業開発をされたら大手金融からみても脅威だ。

異業種参入とベンチャー投資の巨額化

規制のぬるま湯の中、シリコンバレーベンチャー界がどれだけ「フィンテック!」と叫ぼうが、しょせんはゴマメの歯ぎしり、対岸の火事。そう、長いこと悠然と過ごしてきたのだが、ここ数年、急に足元に火がついた。
まず、グーグルやアップルによるモバイル・ペイメントの開始で、クレジットカードの将来が危ぶまれるようになった。そうこうしているうちに、今度はアマゾンがオンラインショッピングの半分近くのシェアを取り、自らクレジットカードも発行するようになっている。
さらにベンチャー投資も巨額化している。 企業価値10億ドルを超すベンチャーはめったにないという意味で「ユニコーン」と呼ばれるようになったのが2013年。いまや世界で300社近く(※2)存在し、ユニコーンというより、シマウマ程度の珍しさになってしまった。

儲かるシステムに安住してきたアメリカ金融界

アメリカの金融業にはあまり闇の世界がない。
乱暴者で違法ドラッグを売るギャングはいるが、漫画「闇金ウシジマくん」のような、違法な高利貸しや臓器提供を強制する取り立て屋の話はそうそう聞かない。その理由は、合法的に相当ひどいことができてしまうからではないか、と常々思っている。酒が合法な国で違法に酒を売っても大したビジネスにならないのと一緒だ。
例えば、アメリカの銀行口座には通常「オーバードラフト料」という罰金がある。
アメリカのATMカードは、ビザかマスターの機能が合体しているデビットカードがほとんどで、店舗でクレジットカードのように利用できる。しかし、クレジットカードと違って即座に口座から引き落とされる。その際に口座残高が足りなくなることを「オーバードラフト」という。
そしてオーバードラフトしてしまうと、1回30ドル前後の罰金を取られるのである。ほんの数ドル足りなくても30ドルの罰金。気づかずに何度も買い物すると、30ドル×回数分取られる。
私自身も渡米したばかりの頃、うっかり1日で90ドル取られたことがあった。どう考えてもリアルタイムで残高照会して、足りなかったら決済不可にすればいいだけな気もするが、そんな親切なことはしてくれない。なぜならこのオーバードラフト料は、全米で年間340億ドル(※1)、実に4兆円近い“一大ビジネス”だからである。
これを「搾取」と言わずして、なんと言いましょう。
ほかにもアメリカ金融業のちまちまとしたアコギさは数限りなくある。そうやって、広く薄く、多数の顧客へと、ことあるごとに課金するシステムで、自動的に儲かる産業の座を長年キープしてきたのだ。しかも、規制に守られていることもあって、全米には銀行がまだ5600行もある。

 

AI時代。人間側の「恐れ」をどう払拭するか

例として挙げたのが、ヒアセイが先ごろ発表したアドバイザーや保険代理店向けの新サービスだ。アルゴリズムが顧客への返信を自動生成するというサービスだが、導入当初はとんでもない文案が出てくることがあった。
たとえば、顧客にハッピーバースデーを言うようにアドバイザーに提案し、顧客がそれに対して返事をすると「お気遣いありがとうございます。それはいいですね!」と返すといった具合だ。
顧客はアドバイザーが上の空になっているか、ちょっとおかしくなってしまったのかと思ったという(ちなみにグーグルも電子メールの返信を自動作成するサービスを始めたが、この数カ月というもの、もっとひどい文面を作る失敗を繰り返している)。
ヒアセイのサービスの場合、スタッフの介入と機械学習の双方によりアルゴリズムが改善されたことで、メッセージのあらがなくなって、もっと適切な返信を生成できるようになったという。
さて、こうした人間と機械の共生を実現する唯一の方法は、新たな関係に恐れを抱いたまま足を踏み入れないことだ。
恐怖は「意志決定の際の感情としては最悪のもの」だと、ナラティブ・サイエンスの共同創業者であるクリスティアンハモンドは言う。同社は、データや統計から自然言語を使った報告書をAIで生成するサービスを展開している。
相互作用が恐れによって促進される場合、テクノロジーばかりに目が行って、事業にとってのテクノロジーの活用の必要性がおろそかになりがちだ。
ハモンドは、データアーキテクトと事業戦略の担当者からなるチームを作ることを勧める。「AIの専門家に、もっと幅広いイニシアティブに参加してもらうのだ。目指す企業の姿、そしてAIがビジネスを形作るすべについて論じるようなイニシアティブに」

最良の道は「人間参加型」関係構築

AIの導入が進めば進むほど、ロボット的思考をしない人材を求める企業が増えてくることはわかっている。
「テクノロジーと競合するのではなく、相補うようなスキルを伸ばすように努めなくてはならない」とコプリンは言う。
「エクセルより早く計算できるようになろうとか、グーグルよりたくさんの事物を覚えようなどとする人はいないはずだ。その代わりに私たちが考えなければならないのは、今後数十年はコンピューターが真似できないような、極めて人間らしいスキルとは何だろうということだ」
AIが人間よりはるかにうまくやれるタスクはたくさんあるが、その仕事を解釈し、その結果を戦略的で共感的で創造的な方法で応用するのは人間の仕事だ。
ヒアセイのシーに言わせれば、機械は人間にとって利用可能なリソースの1つに過ぎない点、そして人間は機械の関係を真に有益なものにするためのスキルを備えている点を理解することがカギになる。「大事なのは偏見にとらわれず、適切なタスクを機械に任せられることだ」とシーは話す。
そのための最良の道は、AI業界で「人間参加型(Human-in-the-loop)」と呼ばれる関係を構築することだ。つまりアルゴリズムには自分の仕事をやらせ、人間はそれを監督し、さらに改良していくという関係だ。
機械学習だけで100%の正答を出すのは難しい」とシーは言う。だが、人間参加型のプロセスを実施することで「(最初から)完璧である必要はなくなる。人間がプロセスに介入すれば、アルゴリズムは学習する」

雇用が奪われる一方、新たな創出も

機械学習(それがロボットによる作業の自動化であれ、高度なデータ分析であれ、AIであれ)は今後、間違いなく職場のありようを変えていく。それによりいくつの職が失われ、いくつの新たな職が生み出されるかについてはさまざまな推測がなされている。
世界経済フォーラムの報告書「未来の仕事2018年版」によれば、2025年までに総労働時間の5割以上に相当する仕事を機械がこなすようになるという。
自動化を背景に2022年までにフルタイム従業員の一部が削減されると予測する企業は全体の50%近くに上り、従業員が生産性向上の新たな役割を担えるように教育しようと考えていた企業は38%だった。
また、コンサルティング会社PwCの最近の研究では、英国では今後20年間に700万の既存の雇用が機械に奪われる一方で、新たに720万の雇用が創出されるという。
人間と機械が生産的に共存する必要のある職場への移行は、ビジネスを生み出すことも壊すこともあるだろう。
経営者は将来に向けた計画を立てる際、機械学習が生産性やスキル、従業員の士気や社風まであらゆる面におよぼすインパクトを考慮しなければならなくなるだろう。また、人間と同じくらいの数の知的なマシンが稼働しているかもしれない会社を、どのように率いていくべきか学ばなければならない。
「AIは(今)われわれ人間がやっている既存の作業をよりよく、より効率的に、より安くやってくれるだけではない。以前なら考えもしなかったようなことをする助けになる可能性も秘めている」と、コンサルタント会社エンビジョナーズのデイブ・コプリン最高経営責任者(CEO)は言う。
「だが、人間の側が何とか使いこなすすべを理解しなければ、AIがもたらす可能性を実際より低く捉えてしまう恐れもある」

AIツール導入で泣き出した中年社員

昨年、ヒアセイ・システムズの創業者クララ・シーは、保険関係の取引先への定期訪問に立ち会っていた。ヒアセイは15万人以上のファイナンシャルアドバイザーや保険アドバイザーに対し、顧客との関係や作業工程の改善のための人工知能(AI)を使ったツールを提供している。
この時の訪問先は従業員4人の小さな会社で、うち2人は保険金の滞納と契約更新に関する連絡や手続きだけを担当していた。つまり折り返しの連絡などまず期待できない電話をひたすらかけ続けるといった、非生産的で手間と時間ばかりかかるやり方で業務を進めていたわけだ。
そこでヒアセイ側は、人力に頼った顧客への連絡作業をデジタル化するためのAIを使った新しいツールを提案した。1人1人に電話をかけるのではなく、何十人もの顧客に支払期限を過ぎた旨をメールで一斉通知するというツールだ。
使い方を説明していると、中年の男性アドバイザーがいきなり泣き始めた。
AIツールのせいで自分の仕事がなくなってしまうと思われたのではないか──。シーたちは初め、そう懸念した。というのも、それが機械学習を使ったツールの導入を前にした労働者のよくある反応だったからだ。
ところがこの時の涙の理由は違った。「これはすごい」と男性は言ったという。「20年もの間、私は時間を無駄にして何をやってきたんだろうか」